放課後の図書室で色んな本の背表紙を眺めたりする
のが好きだった。もっと正直に話すと、図書館にいる
先生が好きだった。なので私は、授業が終わると一目
散に図書館へと向かっていたのである。少年とはいえ、
不順な動機で図書館通いを続けていたのである。
そんな私の怪しい行動を知ってか知らずか、先生は
毎日図書室に通ってくる私に、お薦めの図書をレクチ
ャーしてくれるようになっていた。読む気などさらさ
らないのだが、感想を聞かれて言葉に詰まるのはかっ
こ悪いし、そんなことで先生に嫌われたくなかったの
で無理をして読んでいた。そんな本との出会いから、
いつの間にかホントの本好きになっていた。
実用書よりは小説が好きだった。小説家の発想力や
表現力に強く惹かれる青春時代を過ごし、表現するこ
とに興味を持ち美術を志して現在の仕事に就いた。
写真は20年前の『本の雑誌』。当時私はこの本の表
紙のデザインをしていた。時を同じくして、レゲエの
ミニコミ誌を趣味で作っていたのだが、版下を受け取
りに来た編集者が、私のミニコミ誌に興味をもってく
れ、ひょんなことから取材をしていただき本誌に掲載
をしてくれたのである。今読んでみると照れくさいが、
音楽や編集への熱意だけは感じるかなと。それきりミ
ニコミ誌の編集も発行もやめてしまったが、椎名誠さ
んや、沢野ひとしさんなど、とにかく面白い文化人に
出会えた楽しい時代だったなあ。
そしてなによりも、私のデザインの師匠であるアー
トディレクターの太田和彦さんには資生堂時代からず
っとお世話になりました。あの頃の自分は、ホントに
「やんちゃ」で済みませんでした(笑)。
#088 Bun-san:Desperation Graphics http://desperation-gr.petit.cc/
のが好きだった。もっと正直に話すと、図書館にいる
先生が好きだった。なので私は、授業が終わると一目
散に図書館へと向かっていたのである。少年とはいえ、
不順な動機で図書館通いを続けていたのである。
そんな私の怪しい行動を知ってか知らずか、先生は
毎日図書室に通ってくる私に、お薦めの図書をレクチ
ャーしてくれるようになっていた。読む気などさらさ
らないのだが、感想を聞かれて言葉に詰まるのはかっ
こ悪いし、そんなことで先生に嫌われたくなかったの
で無理をして読んでいた。そんな本との出会いから、
いつの間にかホントの本好きになっていた。
実用書よりは小説が好きだった。小説家の発想力や
表現力に強く惹かれる青春時代を過ごし、表現するこ
とに興味を持ち美術を志して現在の仕事に就いた。
写真は20年前の『本の雑誌』。当時私はこの本の表
紙のデザインをしていた。時を同じくして、レゲエの
ミニコミ誌を趣味で作っていたのだが、版下を受け取
りに来た編集者が、私のミニコミ誌に興味をもってく
れ、ひょんなことから取材をしていただき本誌に掲載
をしてくれたのである。今読んでみると照れくさいが、
音楽や編集への熱意だけは感じるかなと。それきりミ
ニコミ誌の編集も発行もやめてしまったが、椎名誠さ
んや、沢野ひとしさんなど、とにかく面白い文化人に
出会えた楽しい時代だったなあ。
そしてなによりも、私のデザインの師匠であるアー
トディレクターの太田和彦さんには資生堂時代からず
っとお世話になりました。あの頃の自分は、ホントに
「やんちゃ」で済みませんでした(笑)。
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