はじめまして。x2007 と申します。
このたび、イルさんが、バトンを渡してくださり、おこがましくも、一週間、更新させていただくことになりました。よろしくお願いいたします。
日記という事ですが、難しいですね。
私の行動を発信しても仕方がないと思うので、考えたこと、感じたことを発信していきたいと思います。(いえ、まあ、私の考えや感じたことを発信しても仕方のないことに変わりはないのですが)
文章が得意ではないので、読みにくいかと思いますが、一週間のご辛抱ください。
今考えていることを。 {といっても、少しもうザ・インタビューズに似たようなことを書いてしまったのですが(汗)}
今は、どのようにして自信を持つかという事を考えています。
私の家の家訓の一つに「世に処していくには、うぬぼれてはいけないが、自信は持っていなければならない。」
というものがあります。この、 自信 うぬぼれ というのは、私の様な頭では理解することがとても大変です。抑々、このような言葉を理解の対象としていいか という問題もありますが、理解するという事自体が言語化する作業だと思っていますので、やはり言葉という具体的なもので書かれている事柄は、一回は理解しようと試みるようにしています。
今まで
自惚れ は、外部評価が無い。もっと言えば、きちんとした具体的根拠がないというようにとらえていました。それに対して、自信 というものは、これだけ努力した、これだけのものがある、この資格、この経験、等の根拠があるものではないかと。
しかし、この考え方では、最近問題が出てきてしまいました。どうして問題が出てきてしまったかというと、ある事柄、すべて、全工程を自分で行わなくてはならないことが、どんどん増えてきてからです。(この、過剰な個人主義もちょっと・・・と思ったりもしますが)
自分のアイデアや、意見、考え方などを主張しなくてはならない(すべて自分で行うため、途中で外部評価が入らない。徹底的に自己責任であるけれども、損害が共同体に拡散してしまう) となった時に、どのように自信を持てばいいのか分からなくなってしまったのです。
結果というものは、当然のことですが、すべての過程が完了した後に出てくるものですよね。その考え方がどうだったかという外部評価は、すべてが終わってから出てくるのです。(もちろん、結果が出る前に意見は出ますが、最終的にどうなるかは、誰にもわかりませんよね)
と、すると、過程において自分はどうやって自信を持てばいいのか。
何か具体的な数字があるのなら、まだ楽だと思います。最近、「下町ロケット」を読ませていただいたのですが、あれも、その工場の性能、経理の数字、今まで培ってきた技術などが裏付けとして働きますよね。
でも、例えば、学校の先生はどうでしょう。勉強の教えることは兎も角、そのほかのことに関しては、様々な価値観が混在するのが当然で、どんな意見を発信しても、必ず反対意見が出てくるでしょう。 そういった人には、教えるという立場でなければ、建前を利用して切り抜けるという事が出来ますが、そうもいきませんよね。
此処でもし、へんにうぬぼれを持ってしまうと、結果を見たときに「どうして評価されないだろう」という独りよがりな不満につながってしまうと思います。
もしかしたら、自信というものは、もっと抽象的にとらえてもいいのかもしれませんね。 自分がこう感じた。 これを信じよう。 といった具合に。でも、それはあまりにも不安定な気も。
うーん・・・
総てはバランス。 難しいです。
あっ すみません。結論 は、まだ、出さないようにしているのです。たった18年間の知識や、見識で結論を出すのは少々抵抗がありまして。
一日目、長くなってしまいました。
今日は、このあたりで失礼させていただきます。
#141 x2007
silent http://x2007.petit.cc/
このたび、イルさんが、バトンを渡してくださり、おこがましくも、一週間、更新させていただくことになりました。よろしくお願いいたします。
日記という事ですが、難しいですね。
私の行動を発信しても仕方がないと思うので、考えたこと、感じたことを発信していきたいと思います。(いえ、まあ、私の考えや感じたことを発信しても仕方のないことに変わりはないのですが)
文章が得意ではないので、読みにくいかと思いますが、一週間のご辛抱ください。
今考えていることを。 {といっても、少しもうザ・インタビューズに似たようなことを書いてしまったのですが(汗)}
今は、どのようにして自信を持つかという事を考えています。
私の家の家訓の一つに「世に処していくには、うぬぼれてはいけないが、自信は持っていなければならない。」
というものがあります。この、 自信 うぬぼれ というのは、私の様な頭では理解することがとても大変です。抑々、このような言葉を理解の対象としていいか という問題もありますが、理解するという事自体が言語化する作業だと思っていますので、やはり言葉という具体的なもので書かれている事柄は、一回は理解しようと試みるようにしています。
今まで
自惚れ は、外部評価が無い。もっと言えば、きちんとした具体的根拠がないというようにとらえていました。それに対して、自信 というものは、これだけ努力した、これだけのものがある、この資格、この経験、等の根拠があるものではないかと。
しかし、この考え方では、最近問題が出てきてしまいました。どうして問題が出てきてしまったかというと、ある事柄、すべて、全工程を自分で行わなくてはならないことが、どんどん増えてきてからです。(この、過剰な個人主義もちょっと・・・と思ったりもしますが)
自分のアイデアや、意見、考え方などを主張しなくてはならない(すべて自分で行うため、途中で外部評価が入らない。徹底的に自己責任であるけれども、損害が共同体に拡散してしまう) となった時に、どのように自信を持てばいいのか分からなくなってしまったのです。
結果というものは、当然のことですが、すべての過程が完了した後に出てくるものですよね。その考え方がどうだったかという外部評価は、すべてが終わってから出てくるのです。(もちろん、結果が出る前に意見は出ますが、最終的にどうなるかは、誰にもわかりませんよね)
と、すると、過程において自分はどうやって自信を持てばいいのか。
何か具体的な数字があるのなら、まだ楽だと思います。最近、「下町ロケット」を読ませていただいたのですが、あれも、その工場の性能、経理の数字、今まで培ってきた技術などが裏付けとして働きますよね。
でも、例えば、学校の先生はどうでしょう。勉強の教えることは兎も角、そのほかのことに関しては、様々な価値観が混在するのが当然で、どんな意見を発信しても、必ず反対意見が出てくるでしょう。 そういった人には、教えるという立場でなければ、建前を利用して切り抜けるという事が出来ますが、そうもいきませんよね。
此処でもし、へんにうぬぼれを持ってしまうと、結果を見たときに「どうして評価されないだろう」という独りよがりな不満につながってしまうと思います。
もしかしたら、自信というものは、もっと抽象的にとらえてもいいのかもしれませんね。 自分がこう感じた。 これを信じよう。 といった具合に。でも、それはあまりにも不安定な気も。
うーん・・・
総てはバランス。 難しいです。
あっ すみません。結論 は、まだ、出さないようにしているのです。たった18年間の知識や、見識で結論を出すのは少々抵抗がありまして。
一日目、長くなってしまいました。
今日は、このあたりで失礼させていただきます。
#141 x2007
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